金沢岐阜紀行その3

 今日は郡上八幡観光と長良川鉄道.はじめに行くのは前日,バスの中から山の上に立っているのを見上げ,「こりゃ登るの大変そうだ」と思った郡上八幡城.がタクシーの運転手が言うには,山の上まで車でいけるとのこと.山登りを覚悟していたのだが,拍子抜けした.

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 この郡上八幡城,昭和8年という,現存する城としては珍しい時期に建てられ,しかも木造というなかなかに興味深いで,城好きかつ近代建築好きという私にはたまらない建物,ということになる…のかな?

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 こんな感じで城の中心部を回るように階段がある.当時のものではないが,このような木造高層建築物を,現在建てようとしても消防法やら何やらの影響で建てられない.ある意味貴重な建物だ.

 城に登ったあとは,城下の歴史的町並み地区をぶらぶら歩き回る.「歴史的町並み」と呼ばれているところは,概ね大正時代の街並みということだ.勝手にとると鞭打ち100回の刑が下される用水路の鯉に餌をやったり,博物館に入ったり,日本名水100選を見たりして,時間を過ごす.

 旧町役場

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 ここで昼食を食した後,家族と一旦別れ,バスで駅へ.ここから長良川鉄道の乗り潰しだ.まずは昨日目の前を通過した北濃へ.当然昨日とほとんど同じ景色だ.1時間弱で北濃着.転車台に乗ったり転轍機を動かして遊ぶ.

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こんなん

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 北濃から折り返す.郡上八幡で家族と合流.ていうか昨日うまいこと北濃で列車を捕まえられれば,自分もこれでよかったのだ.

 美濃太田と可児で乗り換え,名鉄で名古屋へ.ていうか長良川鉄道名古屋に出にくい.

・高山本線で岐阜に出て東海道本線

・鵜沼から名鉄犬山線

・可児から名鉄広見線

・太多線で多治見まで出て中央本線

 これだけ選択肢があるわりにどの選択肢も本数が少なかったり列車が遅かったりいまいち使えん.

 可児から来たのがなんと名鉄7000系.これは想定外だった.

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 がらがらだったので前面展望しつつ(犬山から後面展望)名鉄名古屋へ.駅弁を買い込み,新幹線で帰宅.

 一回サボると,どんどん更新しづらくなります.ついにこれだけ遅れました.難しい.

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金沢岐阜紀行その2

 5/4には,白川郷に行く.金沢駅からバスで一時間少々.

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 人,人,人の波.集落の周りでは続々駐車場が建設されている.パネルには廃村となって集落から去っていった人々のパネルが展示されている.この人たちが今の白川郷を見たら仰天だ.

 いくつかの家に入館してみる.天井裏が3階建てくらいあって不思議な感じ.城跡から集落が一望できる.あちこちに立派なこいのぼりが立っている.

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 最後に9棟の建物がまとめて移築されている民家園を見学する.一軒一軒見ていたら時間がなくなり,昼飯が団子と飛騨牛コロッケになった.

 全部で4時間ほどの滞在の後,再びバスで移動.途中牧戸という何もないバス停で乗り換える.どうもこの辺のバスはどの道を経由し,どこで乗り換えられるのかよくわからない.

 牧戸まで濃飛バス,牧戸からは岐阜バス.途中から長良川鉄道に並行する.もし乗れるのであれば長良川鉄道に乗りたかったのだが,長良川鉄道の北濃駅発が16:19,バスの北濃到着が16:21.少しは考慮しやがれ.どうせ長良川鉄道が廃止になったら岐阜バスが代替するだろうに.隣のおじさんは長良川鉄道の時刻表を見つつ,「最悪だ」とつぶやいている.

 郡上八幡近辺のバスがまたよくわからない.どうもバスの八幡営業所と長良川鉄道郡上八幡駅は全然別のところにあり,しかもどちらも中心市街地から離れていて中心市街地最寄のバス停は別にあるみたい.市内をどう走っているのか理解するのに少々時間を要した.

 5時過ぎに郡上八幡着.タクシーで宿へ.昔ながらの温泉旅館といった感じ.

その3へ続く

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金沢岐阜紀行その1

 GWに家の用事で金沢に行ってきた.

 5/3朝出発.行きはたにがわ→はくたか.越後湯沢駅でダッシュした結果座れたからいいものの,全行程5時間すし詰めはなかなか辛い.

 駅よりタクシーで墓参り.これで用事は終わりだ.宿に着いたのが16時.せっかく来たので,レンタサイクルで町を一周してみる.

 駅より武蔵が辻,香林坊を経由し百万石通りに入って,兼六園はとても行きたいのだが時間がないので泣く泣く諦め,県立歴史博物館へ.ガイドマップを見てやたら立派な建物だと思ったが,

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 旧金沢陸軍兵器支廠で,大正3年竣工,現在は重要文化財とのこと.さすが.しかし入場時点で閉館まであと30分.駆け足で見るしかない.

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 原さんは野球盤になるほど人気選手だったのか…てこんなものは金沢でなくとも見れる.見とれていてもしょうがない.

 てな感じであっという間に30分が経つ.博物館を出たあと,次の目的地,金沢市民芸術村に向かう.ここは,旧大和紡績金沢工場の建物と敷地を利用した施設で,旧工場建物の中がいくつかに仕切られ,市民の芸術活動に利用されているというユニークな施設である.

外見はこんな感じ.

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 実際に行ってみると,ドラムの練習やらアート展示を各区画でやっている.

アート工房は展示公開中だった.こんな感じ.

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 HPを見る限り,どの区画も毎日使われているよう.

 このあと自転車を飛ばして宿に帰るも,食事に遅刻.

その2に続く.

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数日遅れの埼玉県民の日記念旅行記 吉見百穴編

 久喜から羽生まで東武で移動。秩父鉄道に乗り換え、熊谷に出る。本当は行田市で途中下車し、名物のフライを食したかったのだが、降りると電車が1時間来ないので諦める。

 熊谷から寄居まで秩父鉄道に乗る予定だったが、時間不足につき、東松山までバスで行く。真南に行くバスのくせに南口ではなく北口発で、しばらく乗り場がわからずさまよったものの、幸いなことにバスは15分間隔で、すぐに乗れた。しかしいざ乗ってみると、乗客は東松山まで数人で、逆に何で15分間隔という頻度で走っているのかわからないバスであった。

 東松山駅入口で下車。鴻巣駅行きのバスに乗るつもりだったが、30分近く来ない。仕方ないので歩く。歩くこと15分。本日最大の目的地、吉見百穴に到着。今日は埼玉県民の日ということで、なんと無料だった。ありがたや。

 吉見百穴については、ここなどに詳しいが、実際にたどり着いてこの目で見たときの思いはまさに説明不能で、「まあともかく一度行ってみろ」としか言いようがない。

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 古墳時代の墓。そしてその下に広がる

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 軍需工場の跡地。正直、叫びたいことがありすぎて何も言うことができない。とりあえず周りをうろうろする。

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 棺室の中。中は落書きだらけ。

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 百穴と、百穴を壊して作られた地下軍需工場跡地への入口。入口には、「文化財は大切にしましょう」の看板。軍需工場への皮肉かもしれないが、もはや軍需工場跡地自体が文化財ともいえる。どう解釈したらいいのか。

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見学用の階段すら、何かいわくありげに見えてくる。

このようにして、40分ほどうろうろし、外に出る。外には、また不思議な空間がある。

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公園の跡か?

とおもったら、前出のデイリーポータルのリンク先を見るに、とんでもない物件であったことが判明。もう少しきちんと見ておくべきだったかもしれない。

 もう一つ、すぐ隣に観音堂がある。

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 写真が暗いのはすでに日が暮れかけていたため。しかし

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お地蔵様

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不思議な馬(?)の絵

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天井のお札群

と、なんともいえない空間が作り出されていた。

とりあえず、吉見百穴とその周辺は「個人的日本百景」入り確定ということで。

 歩きすぎて疲れたので帰りは「百穴入口」バス停よりバスに乗り、東松山駅に到着。ここで事件が起こる。

 駅で電車を待っていると、「ちょっと! そこの人、今バスに乗ったでしょ!」と駅の外から声がしてくる。見ると、先ほど乗ったバスの運転手だ。「はい」と返事をすると、

「あんた、さっきバス降りるとき、10円しか払ってないんじゃない?」

……はあ??

自分の財布の中を見る。財布には10円玉が4枚入っている。先ほどバスの中で、バスの値段170円を払おうとしたが、10円玉が1枚しかなかった。そこで、100円玉を両替し、10円玉を5枚と50円玉にした上で、10円玉を3枚抜き取って財布に入れ、残りを100円玉とともに運賃箱に投入したはずである。この時点で10円玉の枚数は4枚になっているはずである。つまり自分の財布の中の状態と、自分の記憶は整合している。その旨、プラットフォームより叫びながら説明する。すると、バスの運転手は

「いや、運賃箱に10円しか反応がなかったから」

と行って去っていった。

これは腹立たしい。何で趣味で埼玉くんだりまで行って160円ネコババせにゃあかんのだ。大体●●●●系列のバスにはすでに熊谷~東松山まで550円も支払っているのだ。そんな金ごまかすならわざわざ埼玉まで来ねえよ!!

 ということをバスの運転手に主張したところで、まったく意味がないことはわかっているので、心の中でつぶやいたが、もやもやは収まらず、もやもやしたまま電車に乗り、小川町で乗り換え、寄居へ。すでに外は真っ暗だが、東上線末端部を乗り潰す機会など、今日を逃せばそうはない。というわけで、寄居で晩飯を買い込み、小川町に戻り、またショートカットで八高線に乗車、越生に到着。

 越生からは東武越生線に乗る。20分ほどで坂戸に到着。はい、東武鉄道完乗。そのまままっすぐ帰宅しましたとさ。

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数日遅れの埼玉県民の日記念旅行記 渡良瀬遊水地編

 11/13、帰りに電車の広告を見て昨日が埼玉県民の日であることを思い出し、11/14、東武の一日乗車券を買って乗り潰し及び東武沿線の気になるところ巡りをしてきた。

 まず伊勢崎線に乗る。曳舟で接続の後先発した準急が後発の区間急行に春日部で追い抜かれるという摩訶不思議なダイヤを体感しつつ、9:42、柳生着。

 この東武鉄道埼玉県民の日記念フリー切符は、埼玉県内のみ自由に乗り降りが可能で、柳生駅はその埼玉県内自由乗降区間の北端だが、実際東京を出て柳生まで来る人はあまりいないものと思われる。ここで降りた目的は、渡良瀬遊水地だ。 

 渡良瀬遊水地まで駅から1㎞ほどだ。道にところどころ看板がある。しばらく歩いて到着。池がいくつかの築堤で分けられており、築堤の上に道がある。広い。

こんな感じ

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 こんな道をひたすら歩く。右も左も池。釣りをしている人もいる。

 30分ほどで対岸に着。対岸のこの場所は、あの旧谷中村であるという。足尾鉱毒事件により多大な被害を受け、最終的にはこの遊水地を作るために廃村になってしまった村だ。自分が歩いているところはひたすら葦の野原となっているが、かつてここに村があったのだ。

村役場跡

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 過疎でもなく、現在こうして訪れることも可能なのに、なくなってしまった村。もちろん、渡良瀬川の水量が増えれば、このあたり一帯まで池が広がり、浸水するようになっているのだろうが。

 足尾鉱毒事件について、正しい事件の解決策はどのようなものであったかというようなことについてはここでは殊更に主張しないが、ここを離れざるを得なくなった時の村民の心境は、ちょっと想像しがたい。

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 雷電神社跡。村在りし日には眼下に村の家々や田畑が広がっていたはずだ。今は葦原が広がっているだけである。

 ひたすら葦原の中を歩く。

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 子供の頃、家の近くの土手にもこのような葦原があり、よく探検したものだ。葦原の中には細い道があり、これを辿って行くと青いビニールシートで覆われた家を発見し、喜んだものだ。今はたぶん見つけても喜ばない。というかそもそも探検しないか。

 村跡地を出て、貯水池を一周する。ひたすら歩く。長い。疲れた。もうさっさと引き返すか…と思い出したのが、ちょうど駅と反対側、駅から一番遠い地点。助けてくれ~ と思いつつも、結局歩くしかない。釣り客などを尻目に、ひたすら歩く。

 谷中村跡より歩くこと1時間、舗装されていた道は、どんどん細く、みすぼらしくなり、ついに消えてしまった

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おいおい。1時間歩いたのに無駄骨かよ。焦って他の道を探す。しばらくして、見つかった。

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 これが道なのかは大いに疑問だが、ここを、自転車を押して歩いている人がいる。おそらくどこかには通じているはずだ。

 しばらく歩くと、「渡良瀬第一水門」なる水門に着く。一安心。水門の先に、「越流提」なるものがある。おそらく水量増加時にはここから水をあふれさせるというもので、少し低くなっている。堤の上は立ち入り禁止だ。向こう側は、やはり葦原や公園になっている。

 気を取り直して、東武伊勢崎線、新古河駅まで歩く。15分ほどでつく。なんとも気だるい空気が車内に漂っている区間快速に乗り、途中栗橋で下車、久喜までJRでショートカット。渡良瀬遊水地を堪能しすぎてしまったため時間がおしている。金はかかるが仕方ない。

 久喜では、前衛的なHPで有名な愛生会病院を見に行く。探すのにかなり手間取ったが、病院自体はごく普通のものであった。駅前のモスで昼食。

吉見百穴編に続く。

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